今日アルフォンス・ハイデリヒという人のお葬式に出た。それは、僕がこの世界に来たときに、兄さんの後ろに倒れていた人だ。彼はこちらの世界の僕なのだと、兄さんは言った。そう言ったの兄さんの表情が、昔二人で旅をしていたときによく見たような表情であったので、何となく気にかかった。でも、あのときは僕は記憶を取り戻したばかりで、兄さんと一緒にいられることのうれしさで頭がいっぱいだったから、それ以上は何も思わなかった。
あのときは、後始末なども大変だったのだ。扉を壊した後、国家に関わる現場にいたら面倒だと兄さんが言うので、僕らは急いでそこを出た。兄さんは、血を流して倒れている明るいキレイな金髪の人を背負って逃げた。どうやらその人は死んでしまっているらしく、兄さんは背負うのに苦労をしていた。それを、黒髪の不思議な雰囲気を持った女の人が、手伝っていた。僕も手伝おうと思って兄さんに近づいて、ものすごく驚いた。僕にそっくりだった。
アルフォンス・ハイデリヒの棺にだんだんと土が積もる。もう棺は見えず、不自然に空いている土のくぼみを消そうとでもするかのように、次々に土が被せられる。僕はぼんやりと遺影を見ながら、なんだか変な気分になっている。重い扉の中で被せられる土の音と、自らの肉体の腐っていく音とに耳を済ませて沈黙しているのは、自分のような気がしてきた。僕そっくりで僕と同じ名前を持つ人。もしかしたら、彼が死んだから僕はこちらに来られたのだろうか。同じ世界に同じ人間が存在することは不可能なのではないか。ならば、やっぱりあの棺の中で横たわっているのは、僕だ。３年前の鋼の肉体のように冷たくたくなって横たわっている彼は、今ここで生きて兄さんの隣に立っている僕でもあるのではないか。そう思った途端、僕の背筋はぞっと凍りついた。
ちらりと兄さんを盗み見る。兄さんは、泣くのをこらえるような顔をしている。泣けばいいのに、と思う。兄さんはいつも泣かない。涙をこらえる兄さんは、マゾヒストのようだ。兄さんは、何でもかんでもすぐに自分の懐の中に入れてしまう。だから、失ったとき人一倍悲しむ。それでも決して泣かない。心を苛む痛みに耐える。泣いて楽になりたくないんだ、きっと。こらえてこらえて、硬くなってしまった痛みをずっと胸にしまっておきたいんだ。痛みをひとつこらえるたびに、兄さんの目つきは悪くなる気がする。そんなにたくさん守りたいものがあったら、生きていくのは辛いだろう。あれもこれも守りたいだなんて、欲張りだよ。だから、兄さんも僕のように唯一つにすればいいんだ。僕は兄さん以外の全てを捨てた。全てを捨ててこの世界に来た。僕が兄さんと共にいるためには、あんなにも多くの代価が必要だった。兄さんも、僕一人にしてくれないと割に合わない。
葬式からの帰り道、兄さんは一言も口をきかなかった。僕も口をきかなかった。兄さんは、きっと死んでしまった僕のことを考えている。僕は、自分のことを考えていた。兄さんにそっくりの髪型にしたのは、兄さんに会ったときにすぐに気付いてもらえるようにだ。再会できたら、昔のように短くしようと思っていた。ならばもう、この長い髪は無用だ。でも、兄さんはきっとそれを望まないだろう。これから生長していく僕を見るのは、兄さんにとってものすごく嬉しいことで、ものすごく辛いことだろう。僕は成長すればするほど、彼そのままになっていくのだろう。僕のせいで、胸に硬く息づく痛みは、絶えず兄さんを苦しめるだろう。でも、その苦しみは、僕のための苦しみではない。今頃蛆虫に食べられ始めているかもしれない彼のための苦しみなのだ。僕はそんなことには耐えられない。兄さんの苦しみは、ただただ僕のためだけの苦しみであって欲しい。
戦火の拡大に伴って、僕らはドイツを出た。日一日と成長していく僕の肉体。それを想像と全くたがわない表情で見る兄。
兄のその瞳を見るたびに、僕は恐怖している。毎日毎日、彼そっくりになっていく自分。鏡を見るたびに思う。僕はどんどん彼になっているのではないだろうか。時が経つにつれて、僕はだんだん土の中の彼と入れ替わっているのではないのか。後何年もしないうちに、彼が僕になるのではないのか。
僕が僕であるためには、兄が不可欠だ。僕が僕である証を立てられるのは、兄しかいないのだから。それなのに、兄の瞳を見れば見るほど不安は増す。
兄さん…あなたが僕をアルフォンスと認めてくれなければ、僕は僕でいられないのに……。あなたの瞳は、一体誰を見ているの…。
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